
『みなさん、こんにちは。今回は2025年11月に新たに発売されたROS1融合遺伝子陽性非小細胞肺がん治療薬「イブトロジー」について、簡単にまとめました。』
はじめに:イブトロジーカプセル200mgとは
イブトロジーカプセル200mg(一般名:タレトレクチニブアジピン酸塩)は、ROS1融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発非小細胞肺がん(NSCLC)を対象とした経口のチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)です。ROS1融合遺伝子はNSCLC全体の約1〜2%で認められる比較的稀なドライバー変異ですが、若年、非喫煙者、腺がんに多く、進行期では脳転移と関連し予後不良であることが知られています。
肺癌診療ガイドラインでは、ROS1融合遺伝子陽性IV期NSCLCの一次治療としてROS1-TKI単剤療法が推奨されており、既にクリゾチニブやエヌトレクチニブなどが使用されています。一方で、これらのROS1-TKIに対する耐性獲得や、G2032R変異を代表とする耐性変異、さらには中枢神経系(CNS)転移への十分な効果が課題として挙げられてきました。
イブトロジーは、ROS1融合タンパクを標的としつつ、代表的な耐性変異にも活性を持ち、中枢神経系への移行性も期待される新しいROS1-TKIです。コンパニオン診断として「AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」が承認されており、分子プロファイリングに基づいた精密医療の一翼を担う薬剤として位置づけられています。
製品概要
- 商品名:イブトロジーカプセル200mg
- 一般名:タレトレクチニブアジピン酸塩
- 薬効分類:抗悪性腫瘍剤/チロシンキナーゼ阻害剤
- 製剤・規格:1カプセル中タレトレクチニブ200mg含有カプセル剤
- 製造販売元:日本化薬株式会社
- 効能・効果:ROS1融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌
- 製造販売承認取得日:2025年9月19日
- 薬価基準収載日:2025年11月12日
- 発売日:2025年11月12日
- コンパニオン診断:AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル
作用機序と特徴
タレトレクチニブは、ROS1などを標的とするチロシンキナーゼ阻害薬です。ROS1融合遺伝子陽性腫瘍では、ROS1融合タンパクのキナーゼ活性が恒常的に亢進し、その下流のシグナル(MAPK/ERK経路やPI3K/AKT経路など)を介して腫瘍細胞の増殖・生存が促進されます。本剤はこのROS1キナーゼを阻害することで、ROS1融合タンパクのリン酸化を抑制し、腫瘍増殖抑制作用を発揮すると考えられています。
特徴として、以下の点が挙げられます。
- ROS1融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発NSCLCを対象とした経口ROS1-TKIであること
- 代表的な耐性変異であるG2032R変異を含む複数のROS1耐性変異に対しても活性を有することが期待されていること
- CNS活性が報告されており、脳転移症例に対しても治療選択肢となり得ること
- 間質性肺疾患、肝機能障害、QT間隔延長などの重篤な有害事象が重要なリスクとして位置づけられていること
効能・効果・適応症
効能・効果(添付文書記載):
ROS1融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌
用法・用量と投与時の注意点
用法・用量(添付文書記載):
通常、成人にはタレトレクチニブとして1日1回600mgを空腹時に経口投与する。なお、患者の状態により適宜減量する。
イブトロジーカプセル200mgを用いる場合、通常は1回600mg=200mgカプセル3カプセルを1日1回内服します。
減量レベルの目安:
- 通常投与量:600mg 1日1回
- 1段階減量:400mg 1日1回
- 2段階減量:200mg 1日1回
- 200mgでも忍容不能な場合:投与中止
用法・用量に関連する主な注意点:
- 食後投与ではCmaxおよびAUCが上昇するため、食事の前後2時間の服用は避け、空腹時に投与する。
- 肝不全・肝機能障害があらわれることがあるため、投与開始前および投与中は定期的に肝機能検査を行う。
- QT間隔延長があらわれることがあるため、心電図および電解質(K、Mg、Caなど)を定期的に評価する。
- 間質性肺疾患のリスクがあるため、呼吸困難、咳嗽、発熱などの初期症状に注意し、必要に応じて胸部CT検査などを行う。
- 間質性肺疾患が疑われる場合には投与を中止し、適切な治療を行う。
相互作用・代謝経路
代謝の概要:
タレトレクチニブは主にCYP3Aで代謝されるとともに、
- CYP1A2に対して:誘導作用
- CYP2D6に対して:阻害作用
- BCRP、MATE1、MATE2-Kに対して:阻害作用
を示すことが報告されています。このため、本剤は「他剤から影響を受ける」と同時に、「他剤の血中濃度にも影響し得る」薬剤です。
1. 本剤の血中濃度を変化させる薬剤
- 強い/中等度のCYP3A阻害薬
例:イトラコナゾール、エリスロマイシン、フルコナゾール、グレープフルーツジュース など
→ CYP3A阻害によりタレトレクチニブの血中濃度が上昇し、副作用が増強するおそれがあります。
対処:可能な限り併用を避け、やむを得ず併用する場合は本剤の減量を検討しつつ、肝機能異常、QT延長、消化器症状などの出現に注意深くモニタリングします。 - CYP3A誘導薬
例:リファンピシン、フェニトイン、カルバマゼピン など
→ CYP3A誘導により本剤の血中濃度が低下し、有効性が減弱するおそれがあります。
対処:可能な限り併用を避け、CYP3A誘導作用のない薬剤への切り替えを検討します。 - プロトンポンプ阻害薬(PPI)
例:オメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾールナトリウム など
H2受容体拮抗薬
例:ファモチジン、シメチジン など
→ 胃内pH上昇によりイブトロジーの吸収が低下し、血中濃度が低下する可能性があります。
対処:原則として併用を可能な限り避け、やむを得ず使用する場合は、有効性低下の有無を慎重に評価します。 - 制酸剤
例:炭酸カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム 等
→ 同様に胃内pHを上昇させることで本剤の吸収を低下させるおそれがあります。
対処:併用する場合は、本剤との投与間隔を2時間以上あけるようにします。
2. 本剤が他剤の血中濃度に影響する相互作用
- CYP1A2基質薬
例:カフェイン、テオフィリン、チザニジン など
→ タレトレクチニブはCYP1A2を誘導するため、これらの薬剤の血中濃度が低下し、有効性が減弱する可能性があります。 - CYP2D6基質薬
例:デキストロメトルファン、イミプラミン、アミトリプチリン など
→ CYP2D6阻害により、これらの薬剤の血中濃度が上昇し、副作用(中枢神経症状、心毒性など)が増強するおそれがあります。 - BCRP基質薬
例:ロスバスタチン、サラゾスルファピリジン、イマチニブ など
→ BCRP阻害により、これらの薬剤の血中濃度が上昇し、筋障害(ロスバスタチン)、骨髄抑制(イマチニブ)などのリスクが増加する可能性があります。 - MATE1/MATE2-K基質薬
例:メトホルミン、プロカインアミド、シメチジン など
→ MATE1/2-K阻害により、これらの薬剤の血中濃度が上昇し、乳酸アシドーシス(メトホルミン)、不整脈(プロカインアミド)等のリスクが高まる可能性があります。 - QT延長作用を有する薬剤
例:クラリスロマイシン、ハロペリドール、メサドン など
→ いずれもQT延長作用を持つため、併用によりQT間隔延長が増悪するおそれがあります。心電図モニタリングを行い、必要に応じて併用薬の変更を検討します。
ROS1-TKIは多剤併用下で使用されることが多く、相互作用の把握は安全な治療の鍵となります。実際の処方時には、添付文書の相互作用欄を確認しつつ、薬剤師を含むチームでレジメン設計を行うことが重要です。
食事の影響について
イブトロジーを食後に投与するとCmax・AUCが上昇することが報告されています。そのため、添付文書では「食事の影響を避けるため、食事の前後2時間の服用は避けること」とされています。
実臨床では、
- 「朝食の2時間以上前」あるいは「就寝前(夕食から2時間以上あけて)」など、空腹時となる時間帯に服用する
- 毎日ほぼ同じ時間帯に内服するようスケジュールを固定し、アドヒアランスを高める
といった工夫が現実的です。
主な副作用と安全性情報
イブトロジーで注意すべき主な副作用は以下の通りです。
- 肝不全・肝機能障害:トランスアミナーゼ上昇、ビリルビン上昇など。重度の場合は肝不全に至ることがあるため、定期的な肝機能モニタリングが必須です。
- 間質性肺疾患(ILD):呼吸困難、咳嗽、発熱などの初期症状に注意し、画像検査で確認が必要です。発現時は速やかに中止・治療介入が必要となります。
- QT間隔延長:心電図上のQT延長が高頻度で認められており、電解質異常やQT延長薬併用時には特に注意が必要です。
- 消化器症状:下痢、悪心、嘔吐、便秘、腹痛などが高頻度にみられます。
- 代謝異常:食欲減退、高コレステロール血症、高尿酸血症、高トリグリセリド血症など。
- 神経系:末梢性ニューロパチー、味覚異常、めまい、頭痛など。
- 皮膚・付属器:発疹、皮膚乾燥、そう痒、光線過敏反応、脱毛症、手足症候群様症状、爪の障害など。
これら重大な副作用や頻度の高い有害事象は、RMP上も重要な安全性検討事項として位置づけられており、治療開始前から十分な説明とモニタリング計画が求められます。
処方時のチェックリスト(医師向け)
- ROS1融合遺伝子陽性であることを、承認されたコンパニオン診断(AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル)で確認したか。
- 切除不能な進行・再発NSCLCであり、本剤適応に合致しているか。
- 間質性肺疾患、肝機能障害、QT延長などの重篤なリスクについて、患者・家族へ十分に説明し、同意を得ているか。
- 投与開始前に、肝機能検査、血液検査、心電図、電解質、胸部画像検査を実施しているか。
- QT延長や既存の間質性肺疾患など、本剤により悪化し得る基礎疾患・リスク因子を把握しているか。
- 強い/中等度CYP3A阻害薬・誘導薬、PPI、H2ブロッカー、制酸剤、QT延長薬などの併用薬を確認し、必要に応じて変更・用量調整を行っているか。
- メトホルミン、ロスバスタチン、テオフィリン、三環系抗うつ薬など、本剤の影響を受けやすい薬剤の併用状況を把握しているか。
- 空腹時投与(食事前後2時間の服用回避)が可能な生活パターンかを確認し、服用時間帯を患者と相談して決めているか。
- 重篤な有害事象発現時の休薬・減量・中止の基準を把握し、施設内で共有しているか。
- 定期フォローの頻度(検査スケジュール・診察間隔)を明確にし、多職種チームと共有しているか。
服薬指導のポイント(薬剤師向け)
- イブトロジーは「1日1回、空腹時」に内服する薬であり、食事の前後2時間は服用しないことを具体的な時間帯で説明する。
- 飲み忘れた場合の対応(気づいた時点でできるだけ早く1回分を服用し、2回分をまとめて服用しない 等)を医師の方針に沿って案内する。
- PPI、H2ブロッカー、制酸剤の併用状況を確認し、必要に応じて「服用時間の間隔をあける」「代替薬を検討する」などを医師へ提案する。
- 併用薬の中にCYP3A阻害薬・誘導薬、CYP1A2/2D6/BCRP/MATE基質薬、QT延長薬が含まれていないかをチェックし、リスクが高い組み合わせは疑義照会する。
- 下痢、悪心、嘔吐などの消化器症状への対処(補液、食事内容の工夫、市販薬の自己使用の可否など)について、事前に説明しておく。
- 息切れ・咳・発熱などの呼吸器症状、動悸・めまい・失神などの心症状が出た場合は、自己中断せず早急に受診するよう促す。
- 日光や強い紫外線で皮膚障害が悪化する可能性があるため、帽子・日焼け止めなどの光線防御を勧める。
- 多剤併用が多い患者では、お薬手帳や一覧表で「空腹時投与」「服用間隔」「注意すべき併用薬」を視覚的に整理して渡す。
- 長期内服が前提となるため、飲み忘れ防止の工夫(タイマー、スマホアプリ、ピルケースなど)を患者と一緒に考える。
ケアポイント(看護師向け)
- 初回投与前に、呼吸状態、心電図所見、肝機能、電解質、体重などのベースライン情報を記録しておく。
- 診察ごとに、呼吸困難、咳嗽、発熱など間質性肺疾患を疑う症状の有無を系統的に聴取し、変化があれば医師に共有する。
- めまい、動悸、失神などQT延長を疑う症状がないか、服薬後のタイミングも含めて観察する。
- 下痢・悪心・食欲不振などにより水分・栄養摂取が不足していないか、体重変化も含めてフォローする。
- 皮膚乾燥、発疹、光線過敏、手足症候群様症状など、皮膚・爪の変化をチェックし、早期にスキンケアや皮膚科紹介につなげる。
- 患者が「食事の前後2時間は服用しない」というルールを理解できているか、生活パターンに即した服用時間が設定されているかを一緒に確認する。
- 検査スケジュール(肝機能・血球数・電解質・心電図・画像検査)の予定を共有し、受診忘れがないよう声かけを行う。
- 仕事や家事、介護などとの両立に関する不安、長期治療への心理的負担などにも目を向け、多職種と連携して支援する。
- 副作用・症状・生活状況を含めた情報をカルテ・カンファレンスなどでこまめに共有し、チーム医療の中で治療方針の調整に役立てる。
まとめ

『イブトロジーは、ROS1融合遺伝子陽性の肺がんに対して、脳転移も含めた治療の幅を広げてくれるお薬ですね。相互作用や間質性肺疾患など、気をつけるポイントは多いんですけど、チームでしっかりフォローしながら使っていくことで、患者さんの日常生活に寄り添った治療につなげていけたらいいなって思います。』