『みなさん、こんにちは。今回は2025年11月に新たに発売されたHER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がん治療薬「ヘルネクシオス」について、簡単にまとめました。』
はじめに:ヘルネクシオス錠60mgとは
ヘルネクシオス錠60mg(一般名:ゾンゲルチニブ)は、HER2(ERBB2)遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発非小細胞肺がん(NSCLC)を対象とした経口チロシンキナーゼ阻害薬です。肺がんは日本におけるがん死亡の主要原因のひとつであり、その大部分をNSCLCが占めます。診断時には進行した状態で見つかることも少なくなく、5年生存率はおよそ30%を下回るとされています。
HER2遺伝子変異はNSCLCの約2〜4%で認められ、とくに腺がん、非喫煙者、女性に多いことが知られています。HER2変異陽性NSCLCは予後不良で脳転移のリスクも高く、従来は「EGFR変異」「ALK融合」などに比べると標的薬が限られていました。そのため、全身化学療法後に病勢が増悪した症例に対して、HER2変異を直接標的とする経口薬への期待が高まっていました。
ヘルネクシオスは、HER2エクソン20挿入変異をはじめとするHER2遺伝子変異を有するNSCLCに対して、1日1回内服で全身治療を行うことができるHER2選択的チロシンキナーゼ阻害薬です。承認は「がん化学療法後に増悪したHER2(ERBB2)遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」を対象としており、コンパニオン診断としてOncomine Dx Target TestマルチCDxシステムによるHER2変異の確認が前提となります。
製品概要
- 商品名:ヘルネクシオス錠60mg
- 一般名:ゾンゲルチニブ
- 薬効分類:抗悪性腫瘍剤/HER2阻害剤
- 剤形・規格:黄色のフィルムコート錠(1錠中ゾンゲルチニブ60mg含有)
- 製造販売元:日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社
- 劇薬・処方箋医薬品(注意:医師等の処方箋により使用)
- 製造販売承認年月日:2025年9月19日
- 薬価基準収載年月日:2025年11月12日
- 発売日:2025年11月12日
- 希少疾病用医薬品指定:HER2遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発NSCLCを予定効能として指定
作用機序と特徴
ゾンゲルチニブは、HER2(ERBB2)受容体のチロシンキナーゼドメインに選択的に作用する低分子チロシンキナーゼ阻害薬です。HER2エクソン20挿入変異などを有する変異型HER2のキナーゼ活性を抑制することで、下流のシグナル伝達経路(主としてMAPK/ERK経路やPI3K/AKT経路)を阻害し、腫瘍細胞の増殖シグナルを遮断します。その結果として腫瘍増殖抑制およびアポトーシス誘導作用を発揮すると考えられています。
本剤の特徴として、以下の点が挙げられます。
- HER2遺伝子変異陽性NSCLCに対する国内初の経口HER2選択的TKIであること
- 1日1回120mgの経口投与で、食事の有無にかかわらず投与可能であること
- HER2遺伝子変異の確認(コンパニオン診断)が必須であり、分子標的治療としての位置づけが明確であること
- 主な安全性上の重要なリスクとして、肝機能障害、重度の下痢、血球減少、間質性肺疾患、心機能障害(LVEF低下)、胚・胎児毒性が挙げられており、定期的なモニタリングが推奨されていること
効能・効果・適応症
ヘルネクシオス錠60mgの効能・効果は、添付文書上以下の通りです。
効能・効果:
がん化学療法後に増悪したHER2(ERBB2)遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌
投与対象は、十分な経験を有する病理医または検査施設における検査によりHER2(ERBB2)遺伝子変異が確認された患者に限られます。また、重篤な合併症リスクを考慮し、がん化学療法に十分な知識・経験を持つ医師が、緊急時の対応が可能な医療施設で投与することが警告事項として求められています。
用法・用量と投与時の注意点
用法・用量(成人):
通常、成人には、ゾンゲルチニブとして1日1回120mgを経口投与する。なお、患者の状態により適宜減量する。
ヘルネクシオス錠60mgを用いる場合、通常は60mg錠を2錠、1日1回の内服となります。飲み忘れや嘔吐時の再投与など、実臨床で想定されるシチュエーションについては添付文書・適正使用ガイドに従った対応が求められます。
休薬・減量・中止の目安(抜粋):
本剤投与により有害事象が発現した場合には、休薬・減量・中止の基準に従って対応します。
- 肝機能障害(ALT/AST Grade3–4、総ビリルビン上昇):Grade1以下またはベースラインまで回復するまで休薬し、60mgへ減量して再開。ALT/AST≧基準値上限の3倍かつ総ビリルビン≧2倍、または総ビリルビンGrade4などでは投与中止。
- 下痢:Grade2で止瀉薬により2日以上持続する場合やGrade3–4の場合は休薬し、症状改善後60mgで再開。適切な支持療法により改善しない場合は中止も検討。
- 血球減少、LVEF低下、間質性肺疾患が疑われる症状(呼吸困難、咳嗽、発熱など)がみられた場合も、重症度に応じて休薬・中止を検討。
1日1回60mgまで減量しても忍容性が得られない場合は、本剤の投与中止が推奨されます。
相互作用・代謝経路
ゾンゲルチニブは主としてCYP3Aなどにより代謝され、薬物代謝酵素およびトランスポーターとの相互作用が報告されています。添付文書の情報を整理すると、以下のようにまとめられます。
1. ヘルネクシオス側が影響を受ける相互作用
- 強いCYP3A阻害薬:イトラコナゾールなど
イトラコナゾール(200mg 1日1回)併用により、ゾンゲルチニブのAUCおよびCmaxが増加(およそ1.4倍前後)します。強いCYP3A阻害薬併用時にはゾンゲルチニブの曝露増加に注意が必要であり、有害事象の出現状況を慎重に観察します。 - 強いCYP3A誘導薬:カルバマゼピン、リファンピシンなど
カルバマゼピン併用時にはゾンゲルチニブのAUCが約60%減少、Cmaxも有意に低下し、曝露量が大きく減少します。リファンピシン600mg 1日1回併用をモデル解析すると、Cmax約60%減少、AUC約80%減少と予測され、強力なCYP3A誘導薬との併用はゾンゲルチニブの有効性低下につながる可能性が高いため併用は避けることが推奨されます。 - 中等度~弱いCYP3A誘導薬:エファビレンツなど
中等度または弱いCYP3A誘導薬併用時には、臨床的に問題となるほどの曝露低下は認められておらず、通常は用量調整不要とされています。ただし、効果不十分例では個別に評価が必要です。
2. ヘルネクシオスが他剤に及ぼす影響
- CYP2C8基質:レパグリニド
ゾンゲルチニブ併用により、レパグリニドのCmaxが約44%、AUCが約30%増加し、CYP2C8に対する弱い阻害作用が示唆されています。低血糖リスクなどを念頭に、血糖値や症状を観察しながら用量調整を検討します。 - BCRP/OATP1B1/1B3基質:ロスバスタチン
ロスバスタチンとの併用でCmaxが約3倍、AUCが約2.3倍に増加しています。筋障害(ミオパチー、横紋筋融解症)リスクを考慮し、ロスバスタチンなどBCRP/OATP基質薬の用量調整や代替薬の検討が推奨されます。
上記以外にも、CYP3A・CYP2C8・P-gp・BCRP・OATP1B1/1B3の基質となる薬剤との併用時には、血中濃度上昇に伴う有害事象や効果減弱に注意が必要です。多剤併用となりやすいがん患者では、薬剤ごとの代謝・輸送経路を意識したレジメン設計が重要です。
食事の影響について
健康成人を対象とした試験では、高脂肪・高カロリー食摂取30分後にゾンゲルチニブを投与した場合、空腹時投与と比較してtmaxはやや遅延し、AUCおよびCmaxは約26%程度増加しました。一方で、この曝露増加は臨床的に問題となるレベルではなく、個体間変動がむしろ小さくなることも示されています。
この結果から、ヘルネクシオス錠は食事の有無にかかわらず投与可能とされています。実臨床では、患者の服薬習慣を踏まえて「毎日同じタイミング(たとえば朝食後など)で服用する」よう指導することで、アドヒアランス向上が期待できます。
主な副作用と安全性情報
臨床試験および市販後の情報から、ヘルネクシオスで注意すべき副作用として以下が挙げられています。
- 消化器系:悪心、下痢、口内炎など
- 皮膚・付属器:発疹、皮膚乾燥、そう痒症、爪の障害(変形、変色、脆弱化など)
- 心機能:左室駆出率(LVEF)低下、心不全のリスク
- 血液:血球減少(好中球減少、貧血、血小板減少など)
- 肝臓:AST/ALT上昇、ビリルビン上昇を伴う肝機能障害
- 呼吸器:間質性肺疾患(ILD)が報告されており、重篤化・致死的経過の可能性もある
- その他:胚・胎児毒性の懸念(妊娠可能年齢女性への避妊指導が必要)
とくに重要なリスクとして、肝機能障害、重度の下痢、血球減少、間質性肺疾患、心機能障害が挙げられており、血液検査・肝機能検査・心機能検査(LVEF評価)・胸部画像などを定期的に行いながら治療を続けることが推奨されます。
また、妊婦または妊娠している可能性のある女性には原則禁忌とされており、治療中および治療終了後一定期間の適切な避妊が必要です。授乳中の女性についても、授乳中止が推奨されます。
処方時のチェックリスト(医師向け)
- HER2(ERBB2)遺伝子変異陽性であることを、承認されたコンパニオン診断(Oncomine Dx Target Test マルチCDxシステムなど)で確認したか。
- がん化学療法後に病勢増悪した切除不能な進行・再発NSCLCであるかを再確認したか。
- 患者および家族に、本剤の有効性と重篤な副作用リスク(ILD、肝障害、心機能障害等)について十分に説明し、同意を得ているか。
- 初回投与前に、肝機能検査(AST/ALT、ビリルビン)、血液検査(血球数)、心機能評価(LVEF)を実施しているか。
- 間質性肺疾患リスク(既往のILD、放射線治療歴、併用薬など)を評価し、投与の妥当性を検討したか。
- 強いCYP3A誘導薬(カルバマゼピン、リファンピシンなど)の併用を避ける計画になっているか。
- ロスバスタチンなどBCRP/OATP基質薬等の併用状況を確認し、必要に応じて用量調整・代替薬を検討したか。
- 妊娠可能年齢の患者では、妊娠有無を確認し、治療中および治療終了後の避妊について説明したか。
- 治療中のモニタリング計画(定期的な血液・肝機能・心機能・胸部画像検査)を立てているか。
- 重度の有害事象が出現した場合の休薬・減量・中止のアルゴリズムを把握し、施設内で共有しているか。
服薬指導のポイント(薬剤師向け)
- 本剤は1日1回120mg(60mg錠×2錠)を定時に服用する薬であることを説明し、「毎日同じ時間帯」での内服を促す。
- 食事の有無にかかわらず服用可能だが、飲み忘れ防止のために「朝食後」など一定のタイミングを決めるよう提案する。
- 飲み忘れた場合の対応(思い出した時点で1回分を服用し、2回分を一度に飲まないことなど)について、医師の方針に沿って具体的に説明する。
- 強いCYP3A誘導薬やロスバスタチンなどとの併用がある場合、そのリスク(効果減弱・副作用増強)をわかりやすく説明し、疑義照会の上で服薬内容を整理する。
- 下痢、発疹、口内炎、皮膚・爪の変化、息切れ、咳、発熱、むくみ、動悸などが出現した場合には、自己判断で中断せず、早めに受診するよう伝える。
- 心不全症状(息切れ、体重急増、下肢浮腫、易疲労感など)が出た場合は、受診を急ぐ必要があることを強調する。
- 妊娠・授乳に関する注意(治療中および終了後一定期間は避妊が必要、授乳は基本的に中止)を、患者の背景に応じて丁寧に説明する。
- 多剤併用となることが多いため、OTC薬・健康食品・サプリメントの併用についても確認し、相互作用のリスクをチェックする。
- 長期継続が想定されるため、服薬カレンダーやアプリなど、アドヒアランスを支えるツールの活用を提案する。
ケアポイント(看護師向け)
- 初診・投与開始時に、患者の呼吸状態、体重、浮腫、疲労感などを記録し、ベースラインの把握に努める。
- 診察ごとに、呼吸困難、咳嗽、発熱など間質性肺疾患を疑う症状の有無を聴取し、変化があれば医師へ速やかに報告する。
- 下痢や食欲不振、口内炎の程度を確認し、水分摂取量や栄養状態の悪化がないか観察する。
- 皮膚乾燥、発疹、そう痒、爪の変化など皮膚症状がQOLに影響しやすいため、スキンケアや爪ケアの指導を行い、必要時には皮膚科受診を提案する。
- 心不全の兆候(息切れ、夜間呼吸困難、体重増加、下肢浮腫など)を定期的に確認し、異常があれば早期に医師へ共有する。
- 血液検査・心機能評価・画像検査など、定期検査スケジュールを患者と一緒に確認し、受診忘れがないよう声かけを行う。
- 妊娠可能年齢の患者には、避妊の重要性や妊娠時のリスクについて、医師・薬剤師の説明内容を補足・確認する形でフォローする。
- 長期治療に伴う心理的負担(不安・抑うつ・仕事や家庭への影響など)にも目を向け、多職種と連携しながら支援する。
- 服薬状況・副作用・生活状況を包括的に把握し、チーム医療の中で情報共有しやすい形で記録する。
まとめ

『HER2遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんに対して、ヘルネクシオスは経口で継続できる新しい治療の選択肢になりそうですね。しっかりと検査でHER2変異を確認したうえで、安全性のモニタリングを続けながら使うことで、患者さんの日常生活にできるだけ寄り添った治療ができるといいな、と思います。』