
『みなさん、こんにちは。今回は2025年11月に新たに発売された萎縮型加齢黄斑変性治療薬「アイザベイ硝子体内注射液20mg/mL」について、簡単にまとめました。』
はじめに:アイザベイとは
加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)は、網膜の中心である黄斑部に変性が生じることで、ゆがみや視野の中心が暗く見える・抜けて見えるといった症状を呈し、進行すると読書や車の運転など日常生活に大きな支障をきたす疾患です。国内では視覚障害(法的盲を含む)の主要な原因のひとつとされ、超高齢社会の進展とともに患者数の増加が懸念されています。
AMDは大きく「萎縮型」と「新生血管型」に分類されます。このうち萎縮型AMDでは、黄斑部の網膜色素上皮や視細胞が徐々に脱落し、「地図状萎縮(geographic atrophy:GA)」と呼ばれる境界明瞭な萎縮病変が広がっていきます。GAは世界的にも有効な薬物治療が乏しい領域であり、日本でもこれまでは経過観察や生活指導、サプリメントなどの管理が中心で、「萎縮型AMDを標的とした治療薬」は存在しませんでした。
アイザベイ硝子体内注射液20mg/mL(一般名:アバシンカプタド ペゴルナトリウム)は、萎縮型AMDにおけるGAの進行を抑制することを目的とした、国内初の眼科用補体第5成分(C5)阻害薬/PEG化RNAアプタマーです。補体経路の最終段階に位置するC5を眼内で選択的に阻害することで、網膜の炎症や細胞傷害を抑え、GAの進行速度を遅らせることが期待されています。これまで治療選択肢がなかった領域に登場した、新たなモダリティの硝子体注射製剤として、大きな注目を集めています。
製品概要(承認日、発売日、製造販売元など)
- 商品名:アイザベイ硝子体内注射液20mg/mL
- 一般名:アバシンカプタド ペゴルナトリウム
- 薬効分類:眼科用補体第5成分阻害薬/ポリエチレングリコール共役RNAアプタマー
- 製造販売元:アステラス製薬株式会社
- 効能・効果:萎縮型加齢黄斑変性における地図状萎縮の進行抑制
- 用法・用量:アバシンカプタド ペゴルナトリウム2mg/0.1mL(リンカーを含むオリゴヌクレオチド部分として)を、初回から12カ月までは1カ月に1回、その後は2カ月に1回、硝子体内投与する。
- 製造販売承認取得日:2025年9月19日
- 薬価基準収載日:2025年11月12日
- 発売日:2025年11月27日
- 承認形態:条件付き早期承認(萎縮型AMDにおけるGA進行抑制薬として)
添付文書の【用法及び用量に関連する注意】には、臨床試験では両眼治療は行われていないこと、両眼に治療対象となる病変がある場合には両眼同時治療の有益性と危険性を慎重に評価すること、さらに初回治療における両眼同日投与は避け、片眼での安全性を確認してから対側眼へ投与することが明記されています。
作用機序と特徴
萎縮型AMDにおける地図状萎縮(GA)の病態には、加齢や環境因子に加え、補体経路の過剰活性化が関与すると考えられています。補体は自然免疫の一部として、異物認識や炎症応答に重要な役割を担いますが、網膜では過剰に活性化されると、慢性的な炎症と細胞傷害を引き起こし、黄斑部の萎縮が進行する一因となるとされています。
補体経路には古典経路・代替経路・レクチン経路がありますが、いずれも最終的にはC3、さらにC5の活性化へと収束します。補体第5成分(C5)が切断されて生じるC5aは強力な炎症メディエーターであり、C5bはC6〜C9と複合体を形成して膜侵襲複合体(MAC)となり、標的細胞膜に孔を形成し細胞死を誘導します。
アバシンカプタド ペゴルナトリウムは、C5を標的とするRNAアプタマー(核酸医薬)の一種であり、ポリエチレングリコール(PEG)が共役された構造を有します。眼内へ硝子体注射すると、局所で補体C5に結合し、その活性化を阻害することで、
- 補体由来の炎症メディエーター(C5aなど)の産生抑制
- MAC形成の抑制(網膜細胞膜の孔形成・細胞死の抑制)
といった作用を示し、網膜組織の保護およびGA病巣の拡大抑制に寄与すると考えられています。
本剤の特徴として、
- 萎縮型AMDにおけるGA進行抑制を目的とした初の眼内C5阻害薬であること
- 硝子体内投与により眼局所で高い薬効を発揮しつつ、全身曝露は比較的少ないと考えられること
- 投与間隔が、導入期は1カ月に1回、維持期は2カ月に1回と設計されていること
などが挙げられます。一方で、補体抑制に伴う感染症リスクや眼内炎・網膜障害など、クラスエフェクトとして注意すべき点もあり、適応患者の選択や投与継続の判断には、画像検査を含めた慎重なフォローアップが必要です。
効能・効果・適応症
効能・効果:
萎縮型加齢黄斑変性における地図状萎縮の進行抑制
対象は萎縮型AMDにおけるGA病変を有する患者であり、視力低下や読書障害など、日常生活に影響が出始めている症例が主な候補となります。治療の目的は「失われた視機能の回復」ではなく、今後の萎縮進行を抑制し、視機能低下の進行を遅らせることである点を、患者・家族に丁寧に説明しておくことが重要です。
用法・用量と投与時の注意点
基本用法・用量:
- アバシンカプタド ペゴルナトリウム2mg/0.1mL(リンカーを含むオリゴヌクレオチド部分として)を、初回から12カ月までは1カ月に1回、硝子体内投与する。
- 13カ月以降は2カ月に1回、硝子体内投与する。
用法・用量に関連する主な注意点:
- 硝子体内注射の手技に習熟した眼科医が、無菌操作により投与すること。
- 投与前に眼局所の感染(結膜炎、眼瞼縁炎、眼内炎など)がないかを確認し、感染が疑われる場合は投与を延期する。
- 眼圧上昇や硝子体出血、網膜裂孔・網膜剥離など、硝子体注射に伴う一般的なリスクについて、事前に十分説明し、同意を得る。
- 投与期間中は、眼底自発蛍光検査やOCTなどによる画像評価を用いて、GAの中心窩への拡大や進行の程度を定期的に確認し、治療継続の有益性を検討する。
- 両眼とも治療対象の病変を有する場合、初回治療では両眼同日投与を避け、片眼で安全性を確認してから対側眼の治療を検討する。
- 治療中止後も、補体抑制の影響や病勢の変化をみるため、一定期間はフォローアップを継続する。
相互作用・代謝経路
アイザベイは硝子体内投与される局所製剤であり、全身血中への移行は比較的限定的と考えられています。そのため、添付文書上、特定の薬剤名を挙げた明確な薬物間相互作用(併用禁忌・併用注意)は記載されていません。
1. 併用薬との一般的な考え方
- 眼局所への影響:他の硝子体注射薬(抗VEGF薬など)との同時投与や近接投与は、眼内炎・眼圧上昇・網膜障害などのリスクを高める可能性があり、原則として個々の治療必要性を慎重に評価した上でスケジュールを調整する。
- 抗凝固薬・抗血小板薬:硝子体注射そのもののリスクとして、結膜下出血や硝子体出血が起こり得るため、抗凝固療法中の患者では局所出血のリスク評価を行う。
2. 代謝・排泄の概要
- アバシンカプタド ペゴルナトリウムはPEG化されたRNAアプタマーであり、主に眼局所でC5に結合しながら時間とともに分解・クリアランスされると考えられています。
- 全身循環へ移行した分は、一般的なオリゴヌクレオチド医薬と同様に、血中で分解され、腎から排泄される経路が想定されています。
- CYP酵素や主要な薬物トランスポーターを介した代謝・排泄は主体ではないと考えられ、典型的な経口薬のようなCYP阻害/誘導薬との相互作用は少ないと推定されます。
このように、現時点で添付文書上、特定の薬剤との明確な薬物相互作用は強調されていませんが、補体経路への作用を持つ生物学的製剤・免疫抑制薬などとの併用症例では、感染症リスクや免疫応答低下を念頭に慎重な観察が必要です。
食事の影響について
アイザベイは硝子体内注射剤であり、経口投与される薬剤ではないため、食事による薬物動態への影響は想定されていません。服薬タイミングや食事との間隔を気にする必要はなく、通常は外来あるいは入院下で、眼科医が手技により投与を行います。
ただし、治療全体の観点からは、喫煙や偏った食事(動脈硬化リスクの増大)などAMDの進行に関わる可能性がある因子について、生活指導を行うことが望ましいとされています。
主な副作用と安全性情報
アイザベイは硝子体注射薬であり、薬剤固有のリスクと硝子体内注射手技に伴う一般的なリスクの双方を考慮する必要があります。添付文書やインタビューフォームでは、概ね以下のような有害事象が注意喚起されています(頻度は文書を参照)。
- 眼内炎(感染性・無菌性):重篤な視力低下につながり得る最も重要な有害事象のひとつであり、投与前後の無菌操作と、眼痛・充血・視力低下などの症状に対する早期対応が不可欠。
- 眼圧上昇:硝子体注射直後に一過性の眼圧上昇がみられることがあり、必要に応じて眼圧測定や降圧薬点眼等を行う。
- 硝子体出血・結膜下出血:注射手技に伴う出血が起こり得る。多くは経過観察で軽快するものの、抗凝固療法中の患者ではリスクが高まる可能性がある。
- 網膜裂孔・網膜剥離:極めて重要な有害事象であり、飛蚊症の急増や光視症、視野欠損などの症状があれば直ちに眼底検査を行う。
- 白内障の進行:長期的な硝子体内手技により、水晶体への影響が議論される可能性がある。
- 全身性感染症・免疫関連事象:補体C5阻害に関連し、理論上は莢膜形成菌などに対する易感染性が懸念されるため、発熱や全身倦怠感などの症状にも注意する。
特に、眼内炎や網膜剥離は視機能に重大な影響を及ぼす可能性があるため、早期発見と迅速な治療が何より重要です。患者・家族には「いつ、どのような症状が出たらすぐ受診すべきか」を繰り返し説明しておくことが、安全な治療継続のポイントとなります。
処方時のチェックリスト(医師向け)
- 対象疾患が萎縮型AMDにおける地図状萎縮(GA)であることを、画像検査(OCT・眼底自発蛍光など)で確認しているか。
- 治療目的が「視力の回復」ではなく「GA進行抑制」であることを、患者・家族と共有できているか。
- 硝子体内注射の手技および合併症管理に十分な経験があるか、または経験ある眼科医が担当する体制か。
- 眼内炎・網膜剥離・眼圧上昇などの重篤な眼合併症について、リスクと対応を事前に説明し、インフォームドコンセントを取得しているか。
- 両眼が治療対象の場合、初回治療で両眼同日投与を行わず、片眼で安全性確認後に対側眼治療を計画しているか。
- 抗凝固薬・抗血小板薬・免疫抑制薬など、全身併用薬の内容を把握し、出血や感染症リスクを評価しているか。
- 投与後のフォローアップ計画(定期的な眼圧測定・眼底検査・画像検査)が明確になっているか。
服薬指導のポイント(薬剤師向け)
- アイザベイは飲み薬ではなく、眼科で行う硝子体内注射のお薬であることを、患者さん・ご家族にわかりやすく説明する。
- 治療の目的が「これ以上見え方が悪くなるスピードを遅らせること」であり、既に失われた視力を取り戻す薬ではない点を丁寧に伝える。
- 注射後に起こり得る症状(眼痛、充血、かすみ、飛蚊症、視野欠損など)と、「どのような症状が出たら至急受診すべきか」を具体的に説明する。
- 他院処方を含む併用薬(抗凝固薬・抗血小板薬・免疫抑制薬・生物学的製剤など)をヒアリングし、必要に応じて眼科医と情報共有する。
- 生活全般では、禁煙・適度な運動・バランスの良い食事・サプリメントの位置づけなど、AMD全体の管理にも関心を持ってもらえるような情報提供を行う。
- 患者さんが不安を抱きやすい「注射」という行為について、疑問点や心配事を丁寧に聞き取り、医師や看護師と連携して解消を図る。
ケアポイント(看護師向け)
- 外来・病棟いずれの場合も、投与前に視力・自覚症状、全身状態(発熱・倦怠感など)を確認し、必要に応じて医師に報告する。
- 硝子体注射前の準備(点眼麻酔、消毒、清潔操作の確保など)を適切に行い、手技環境の整備をサポートする。
- 投与後は、眼痛・頭痛・吐き気・めまいなどの症状の有無を確認し、眼帯や保護具の装着状態をチェックする。
- 退院・帰宅前に、「どのような症状が出たら、いつどこに連絡すべきか」を患者・家族と一緒に確認し、緊急連絡先を明確に伝える。
- 高齢の患者では通院負担も大きいため、家族構成や介護環境、通院手段を把握し、必要に応じて地域連携やソーシャルワーカーとも情報共有する。
- 治療が長期にわたることが多いため、「続ける意味」を患者と一緒に振り返り、モチベーションの維持を支援する声かけを心がける。
まとめ

『アイザベイは、これまでお薬の選択肢がほとんどなかった萎縮型加齢黄斑変性の患者さんに、地図状萎縮の進行を少しでも遅らせるチャンスをくれる治療だと感じました。注射や通院の負担はありますが、患者さんやご家族と相談しながら、「今の見え方」をできるだけ長く守っていけるよう、チームで支えていきたいですね。』